知ってるよ

クローバー牧場に新しくやってきたのは7歳のオス。
名前はブッチ。
オリョウちゃんと同じ白黒模様。
オーナーさんの希望でクローバー牧場にやってきました。

今日、ブッチの馬房掃除をしながら教員時代のこんな出来事を思い出していました。

初めて1年生を担任した5月か6月だったか。
毎日がめまぐるしく慌ただしく過ぎていくなかでちょと困った問題が。
A君という男の子がとにかくだれかれかまわず暴力をふるうのです。
決まってゲンコツで。
決まって泣きながら。
クラスの子たちが「アイツは悪い子だ」「嫌いだ」と白い目で見るようになりました。

毎日とは言わないまでも頻繁に続くので、シムはお母さんに連絡して事情を話してみました。
そこで少しビックリする話を聞かされたのです。
幼稚園のときもゼロではなかったけれど、そこまで暴力をふるうことはなかった。
お家の近くの駅まではお母さんと一緒に行くけれど、そこから電車に1人で乗ること。
お母さんと別れるときは「行きたくない」と泣くこと。
そこを励まされて泣きながら学校に向かうことを。

A君の幼稚園からシムの学校に進学した子は誰もいませんでした。
つまり友達もいない。
シムはビックリしました。
でも、彼の心中を知ることができて光明が差したとも思えました。

しばらくたったころ。
教員間の打合せを終えて教室に向かったら廊下が騒然としています。
A君がまた手を出してしまったのです。
相手の子は「なんで叩かれたか分からない」と泣いています。
A君も睨むような目でワナワナ震えながら泣いています。
顔は真っ赤に高揚させて。

ひとまずA君以外の全員を教室に戻して、僕は廊下のベンチに座りました。
震え、泣くA君を膝の上に乗せて話しました。
「学校に来るのはイヤだなぁ」
泣きながらうなずいてくれました。
「学校に来るのは怖いよなぁ」
またうなずいてくれました。
「友達、いないもんなぁ」
うなずいてくれました。
「でもな、クラスの仲間をたたいたりしちゃダメだぞ。Aのこと、みんな嫌いになっちゃうよ。たたいたりしちゃダメだぞ。」
うなずいた彼を膝の上から降ろして教室に戻りました。
シムが話したのは、本当に、コレだけ。

でもその日以来、A君は暴力をふるわなくなりました。
後ほどお母さんが教えてくれました。
「その頃から泣かずに学校に行くようになった」と。
僕があの日、膝の上のA君に伝えたメッセージは「君の気持ちを知っている人がいるよ」ということ。
それだけでした。

以降、A君はユーモアいっぱいの性格でみんなを笑わせてくれる、クラスの大切な大切な一員になりました。

さて、新入りのブッチも牧場に来た最初の2週間はとてもとても手を焼く馬でした。
危ないのでキッズも他のお客さんもそばには行かないようにしていました。
そばに行くのはスタッフだけ。
でもその僕らに対しても隙あらば……!

ブッチにとって新しい環境はすべてが認識不能、仲間なし、すべての人間が敵、すべての馬が敵、やられる前にやってしまおう、頼れるものは己のみ。
でした。

だからシムは教えています。
ちがうちがう、ここではまずはこのボス猿(シム)に頼れば良いよ、いけないことは決してするな、やったらタダじゃおかないぞ、でもな、リラックスしてごらん、リラックスしたらすべてがハッピーに思えてくるよ。指示を出すよ、指示したことに協力してくれたら心から感謝する。

一ヶ月が過ぎた今、ブッチの目が丸くなる時間が多くなりました。
苦手で、イヤで、走って逃げ回っていた調馬索運動も軽快にこなすようになりました。
耳を絞っているときもあるけれど、丸い目で人を見ることが増えたようです。
片方のブルーアイが宝石のようで美しいったらありゃしない。

シムがまずはブッチの良き理解者になろう。
「お前さんの気持ちは分かるよ」
次はスタッフ。
次はキッズ、他のお客さん。

そしてブッチを心から愛するオーナーさんがこの世で一番の理解者になってくれるでしょう。
オーナーさんの夢は「ブッチの背中に乗って気持ち良く駈ける」だそうです。

そう遠くない日に実現できそうな予感。
今年の大きな仕事の1つになります。